「火星の人」を広報する

 「オデッセイ」を観ました。原題「火星の人(The Martian)」として人気沸騰した無名作家のネット小説を原作にした話題のSF映画です。火星探査の宇宙飛行士が独り置き去りになり、救出されるまでを描いた、とストーリーを短絡すると身もふたもありませんが、はらはらどきどきでおもしろかった。しかも、広報の面で考えさせられるシーンがいくつかありました。

 まず、死亡したと報道発表した人物が実は生きていた。発表の前提となった事実関係の調査が甘すぎます。何せ、人命にかかわることですから。死亡判断の根拠は、宇宙服の損傷情報でした。生命維持につながる宇宙服が破れては生きておれまい、それだけの情報でした。宇宙飛行士のバイタルサインはどのようにモニターされていたのでしょうか。

 彼(飛行士は男性なので)は、通信用のパラボラとともに砂嵐に吹き飛ばされ、アンテナの一部がおなかに刺さってしまいます。宇宙服に穴が空きました。ところが、負傷による流血と、刺さったアンテナが宇宙服の破れをふさぎ、九死に一生を得たのです。遙か彼方の地球で情報不足を補うことは難しいのでしょうが、結果、ミスリードでした。ただ、その後の「彼は生きていた!!」広報には成功したようです。NASA(実名です)のトップは渋面でしたが・・。

 かくして、メディアにとどまらず、全世界が瞠目する救出大作戦となります。が、いくつかの失敗が起こります。次に探査船を火星へ送るのは4年後?! 残された食料だけではとうてい足りない。このままだと彼は餓死します。

 たまたまというか、幸いというか、彼は植物学者でした。生命維持可能な基地内に火星の不毛な土を運び込み、自らと同僚飛行士のいわゆる下肥を使って、ジャガイモ畑を作ります。ところが、気密装置が破裂するトラブルが起き、耕作不能になる。飢え死にの危機です。NASAはこれをどう広報したか、女性広報官はおろおろしていましたが、そのあたりの描写はありません。

 探査船は間に合わない、それなら無人の補給ロケットで食料だけ送ろう、急いで。しかし。拙速のあまり安全性のチェックを全くしないまま、打ち上げちゃう。で、積み荷がバランスを崩した?つまり荷崩れを起こした?ようで、直後に爆発してしまう。で、ノーチェックによる打ち上げ失敗はどうも報道機関には隠蔽されたままです。それでいいのでしょうか!!

 さらにはインナー広報のこと。死んだはずの彼だけを残し、一路地球を目指した同僚や船長には、生存の報が2か月間、伏せられたままでした。事実を知った飛行士たちの心境は複雑でした。「彼も一緒に連れ帰ることはできなかったのか・・」悔悟の念がこの後の劇的な展開につながるのですが、それは観てのお楽しみ。

 というわけで、組織の広報を担当する身として、局面局面でどう対処すればいいのか、エンターテインメントの楽しさを超えて、考えさせられる作品でした。何を積極的にリリースし、ネガティブ情報の公表をいかにするか。もしかしたら、NASA長官の立場を考えて、何らか消極的広報の判断をしなければならないかもしれません。組織トップの保身だろう、といわれればその通りです。

 それにしても。集まった記者たちはみんな熱心です。NASA側の発表後、ほぼ全員の手が一斉に上がります。こんな報道陣には、ネガティブ情報であっても隠しきれないでしょう。なら、先手を打って発表した方が負の影響を最小限にとどめ、あとあとの不信感を抑え、報道機関ひいては世論を味方にできるでしょう。これ、広報の鉄則なのです。